ムショクのドクショ

読書感想文です。※ネタバレあり

真梨幸子『お引っ越し』-過去最高に怖い本だった。

イヤミスとは何か?

 図書館で目に留まったのは、本棚の角に固められた可愛らしいカラフルな色合いの背表紙達だった。ちょうど日本の小説の”ま行”の場所に当たり、並べられていた本達の作者は「真梨幸子」。名前の中にフルーツは入っているし、女性らしい可愛らしいお名前だなと思った。後に調べるとベストセラーやドラマ化もあるイヤミス界の女帝と言っても過言ではないお人だったが、私の無知の所為で「なんて可愛らしいの!装丁もメルヘンでステキ!」なんてことになってしまった。

 中でも取り分け可愛いのがこの『お引越し』だった。ピンクを基調として、メルヘンでカラフルな色合いのイラストが私の中の女子の心を擽られた。しかもタイトルも”お”がつく丁寧語。「可愛い女子の話に違いない!」と思いこんだのである。表紙をめくると帯が貼り付けてあり、あらすじが書いてある。「ちょっぴり怖い」ぐらいのニュアンスだとその時は思った。説明の中には”イヤミス”という単語もあったが、私はそれすらも無知でわけもわからないままジャケ買いならぬジャケ借りをしてしまったのだ。

 ”イヤミス”とは「読んだ後に嫌な気分になるミステリー」のことだ。映画などで人気の「港かなえ」もその分野に入るのだろう。その意味を知っていれば…こんなに怖い思いをすることもなかったし、こんな不安に悩まされることもなかったし、「もっと!もっと!」と怖いもの見たさ欲求を今ほど爆発させることもなかった。もう嫌な気分ていうか怖い!もうこの先ずっと怖い!引っ越ししたくない!ミステリーっていうか怖い話やん!とパニックに陥る本だった。

 

※ここからネタバレ含む。

 

 

 

 

 

引っ越しはホラーだ。

 そう思ったことは何度かある。事故物件に住んでしまえば心は休まらないし、隣人トラブルがあれば寝ることもままならない。昔に黒木瞳主演の映画「仄暗い水の底から」を読んでから、引っ越すときは貯水タンクの点検がなされているかも気になるところだし、不動産屋に告知義務はないにせよ事故物件ではないか「大島てる」サイトで調べることは心配性の私にとって当然だ。少し前に住んでいた家では隣が独身のおじさんというだけで、母に引っ越しを迫られた。そのおじさんはたぶん普通のいい人だったが、報道される物騒な事件に母は感化されたのだろう。

 この本でも様々なお引っ越しに関するストーリーがいくつか展開される。それぞれの主人公は引っ越しに関わってはいるが、それぞれ立場やスタンスは違う。部屋を探す人、これから引っ越す人、引っ越し業者に勤める人、社内引っ越しをする人、隣人が引っ越してきた人、今しがた引っ越してきた人、そしてそれぞれの立場でのホラーに出会い死と結びつく。これはまるで読者に逃げ場がないと思わせるようだ。どんなに引っ越す前に気を付けても、部屋が快適でも、もしくは自宅の引っ越しをしなくても「出会うときは出会う」最後に1冊の物語が収束したとき、絶望感が襲ってくる。最早「お引っ越しが怖い。」って話だったのに、「怖い。」が「お引っ越し」だけの範疇に収まらなくなってくる。もう最後には「目をつぶるのが怖い。」のだ。

 

あとがきが一番怖いとはどういうことか。

 この作者はフィクションをフィクションに見せないのがうまいのだ。これが嘘だと思うためには、そう思うしかない。あとがきを読んでいる途中は心臓がどくどくして変な汗が出て、なんて本を読んでしまったんだ!と思う。私のように順当に読んでも、あとがきから読んでもこの怖さは衰えないだろう。こんなところで死神との出会い方をうっかり知ってしまって、怖がりな私の心は震えるばかり…もう人生終わりだと思った。縋りつきたい気持ちであの一行を探した。

 

「※これはフィクションです。アオシマさんという死神は存在しません。」

 

そら、そやろーーーーーー!!!!!!!

全国のアオシマさんに謝れーーーーー!!!!!!

 と、本気で感じていた私の恐怖は変なベクトルに走り、「踊る!大捜査線」の青島刑事に同情することで心の平静はやっと取り戻してきた。そして急いで「真梨幸子 お引っ越し」で検索しレビューを拝見。この本を読んだ読者がきちんとみなさんピンピンしていることを確認して、ことなきを得たのであった。